2020年9月6日日曜日

信州昆虫学会・信州大学理学部 公開シンポジウム

 


 昨日(9月5日),信州昆虫学会・信州大学理学部(信州大学自然学館)主催の公開シンポジウム昆虫の目から見た信州の生物多様性-生命のにぎわいと恵みを未来へ引き継ぐために-」が実施されました。「きずな」はこのシンポジウムを後援,中村会長がシンポジウムのコーディネータをつとめ,きずな幹事の東城信州大学教授講演を行いました。

 今回は新型コロナウイルス感染防止のため,県外の方はZoomによるウェブ会議で参加していただきました.会場へは50名,ウェブが80名で合計130名が参加され,例年にない盛会となりました.

 以下にシンポジウムのプログラム順に講演の様子と要旨を紹介します.

1400 開会 中村コーディネーターによるシンポジウムの趣旨説明

長野県は生物多様性のホットスポット中のホットスポットと言われています.2012年に人と自然が共生する信州の実現を目指して「生物多様性ながの県戦略」が策定されました.その後5年以上が経過し,戦略を評価して新たに見直していく時期に来ています.本シンポジウムでは,基調講演において戦略策定後の長野県の生物多様性とそれを脅かす4つの危機の現状を総括してもらい,さらに昆虫から見た生物多様性の評価と次世代へ引き継ぐ試みについていろいろな角度から事例報告をしてもらいます.

基調講演 須賀丈(長野県環境保全研究所 自然環境部長)

「長野県の生物多様性とそれを脅かす4つの危機の現状」

長野県の生物多様性は,山や高原に代表される地域の自然の特色ある一部を形づくっている.また県内には,白馬岳など国内有数の生物多様性ホットスポットが存在する.生物多様性を取り巻く社会経済の状況は,高度経済成長・人口増加の時代からグローバル経済・低成長・人口減少の時代へと,近年大きく変化した.この社会経済状況の影響を把握するため,県版レッドリスト掲載種の絶滅危惧要因を生物多様性の4つの危機の側面から分析し,また関連指標(耕作放棄地率,野生動物による農林業被害,外来生物など)の推移を検討した.その結果,長野県の生物多様性の状況は,改善のみられる領域が限定的で,危機要因が多様化しており,今後の人口減少・気候変動などで深刻化する可能性があることが明らかとなった.今後は長野県の自然の特色を活かし,またSDGsが掲げる統合的な課題解決の視点を踏まえ,自然体験・土地利用など地域づくりの多様な分野と連携した取り組みの深化・拡大が望まれる.  

須賀丈氏の基調講演


会場の参加者

事例報告 

畑中健一郎(長野県環境保全研究所主任研究員) 

「長野県の生物多様性に関する市町村・保全団体へのアンケート結果」

2012年に策定された「生物多様性ながの県戦略」の見直しに向けた調査の一環として,市町村及び保全団体を対象に,生物多様性保全に関する取り組み状況や課題を把握するためのアンケートを実施した.その結果,市町村では「外来種の駆除」が生物多様性保全のために重点的に取り組むべきこととして認識され,実際に実施した事業としても外来種の駆除がもっとも多いことが明らかとなった.しかし,希少種の保護などその他の対策はあまり実施されておらず,人員や予算不足の影響が考えられた.一方,保全団体については,希少種の保護や身近な自然環境の保全,観察会の開催等の活動を各団体が独自に行っており,活動分野の偏りはあまり見られなかったが,会員の高齢化や活動資金,地域の協力・理解等が各団体に共通する課題として浮かび上がった.今回の報告では,これらの結果を紹介しつつ,新たな戦略目標に反映すべき課題について議論したい.

畑中健一郎氏の講演


東城幸治(信大理学部 教授)

「遺伝子解析から見た長野県の生物多様性」

日本は,大陸から離裂するようにして形成された「大陸島 Continental Islands」要素が大部分を占める島嶼国であるが,大陸島としては例外的に高い生物多様性を有している(伊豆諸島や小笠原諸島などは,大陸とは一度も陸続きになったことのない「海洋島 Oceanic Islands」).およそ20−15 Maにかけて,「観音開き」型の列島形成としてよく知られるように,それぞれ逆方向での回転運動を伴いながら,東北日本と南西日本がそれぞれ独立して大陸から離裂したとされる,世界的にもユニークな地史をもつ.また列島形成後にも,これらの東北日本南西日本が長期間(15−5 Ma)にわたって深い海峡(フォッサマグナ)により隔てられていたことは,本邦の生物相形成にも深く関与したとされる.とくに移動・分散力が弱い生物の系統進化史は,これらの地史との関係性が検出されやすい.本講演では,これらの日本列島の形成史に深く関わるような昆虫類に焦点を当て,種群レベルでの群集構造,種内の集団構造や遺伝構造を掘り下げるとともに,日本列島や信州における「種や遺伝的多様性の創生」について考察してみたい.

東城幸治氏の講演

 那須野雅好(安曇野市教育委員会職員)

「安曇野市における希少種等保全の取り組みについて」

近年,国や県のみならず,市町村レベルでも『レッドデータブック(RDB)』を作成する自治体が増えてきた.しかし,実際の開発事業において希少種の保護・保全の取り組みが行われている事例は少ないのではないか.安曇野市では「生物多様性アドバイザー制度」を創設して希少種等保全のための独自の対策を行っている.手順としては,まず,RDBや天然記念物等の希少種や地域の注目種が生息する「高山,山地,里山,河川」に掛る開発行為について,必要に応じて自然環境調査を実施し事業者側と事前協議を行う.希少種が確認された場合は「生物多様性アドバイザー会議」で保全策(ミティゲーション(Mitigation))を検討する.また,小規模な開発行為や緊急の場合については,市役所職員で組織する調査チームが簡易調査と事前協議を行い対応する.これらの対策を行うためには開発行為の事前把握が重要である.例えば公共事業の場合,埋蔵文化財包蔵地にかかる開発行為を把握するため,計画されている3年先までの公共事業(土木工事)の概要が市町村教育委員会に報告されている.こうした情報を活用するこれにより開発側との事前協議が可能となる.今回はその具体的な手順等について報告する.

那須野雅好氏の講演

四方圭一郎(飯田市美術博物館 学芸員)

「南アルプス高山帯の昆虫の現状と保全」

演者の所属する飯田市美術博物館では,2016年よりこれまで調査があまり行われてこなかった南アルプス中南部域において,蛾類を中心とした昆虫類の調査を行ってきた.その結果,2019年までの4年間で519種の高山蛾を確認することができ,南アルプス南部域も高山性種の重要な生息地であることが確認できた.一方,南アルプスではニホンジカによる食害が著しく,仙丈ケ岳や三伏峠,聖平など一部の草原では防鹿柵による植生保全活動が行われている.シカの食害は食植性昆虫類にとってもかなりの影響があると考えられ,かつて広くみられたトホシハナカミキリは,現在では防鹿柵で保護された場所でのみ発見された.また積雪量の減少や記録的な天候不順などで,高山植物の開花時期や蛾類の発生時期などの年によるズレが以前より大きなっているように感じており,気候変動による高山生態系への影響が懸念される.


四方圭一郎氏の講演

最後に総合討論がおこなわれ,会場のみならずウェブ参加者からも多くの質問や意見がだされて,これからの信州の生物多様性をいかに保全するのかについてな熱心な議論がなされた.


総合討論の様子


信濃毎日新聞の報道記事

今回は新型コロナの影響を受けて多くのイベントが中止となる中,会場ではマスクは言うに及ばず受付での検温や座席指定などの対策,また300人まで接続可能なウェブ会議システムを導入して移動と接触を避けてシンポジウムが実施されました.スタッフの尽力のおかげで有意義なシンポジウムとなったことに感謝いたします.(報告:中村寛志)